マッドマックス 怒りのデス・ロード(R15+)

まず、マッドマックスについて語らせてほしい。
マッドマックスは1作目が最高。
2作目は映画的には面白かったが、全く別世界の話。
3作目はマッドマックスと名乗ることすら許しがたい、悪魔に魂を売った作品。
だいたいこんな感じ。
まあ、グースが死んだ時に自分の中のマッドマックスの世界は終わったわけよ。

しかし、「マッドマックス」と名の付く作品で、ジョージ・ミラーが監督だったら、見ないわけにはいかんのですよ。
というわけで、見てまいりました。
しかも、4DXという奴を体験したいために豊川まで車を飛ばしたわけです。

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感想を少し。
これはマッドマックスではないよね。
冒頭から、アクション映画というよりホラー映画の趣きが漂う。
マッドマックスと思わないで見ればそこそこ面白い。
巨大トレーラーが疾走しカーアクションを繰り広げるのはマッドマックス2に似ているが、スケールが違う。
最初から最後までノンストップで超過激なシーンが連続する。
この辺りはさすがジョージ・ミラー監督といわざるを得ない。
ただ、悪役のボスであるイモータン・ジョーは気味が悪いだけで強さが感じられない。
これがトーカッター様を演じた俳優だとは...
ヒューマンガスの方がよっぽど強そうだった。
主人公であるはずのマックスよりもシャーリーズ・セロン演じる義手の戦士の方が存在感があったし…。

初期マッドマックスのファンにとっては残念な映画だが、アベンジャーズみたいに途中で眠くなることはなかった。
これはひとえにジョージ・ミラー監督の手腕だろう。
マッドマックスに思い入れのない人にはとても面白い映画だと思う。
ただし、R15+指定なので、気の弱い方にはオススメできませんが。

★★★(映画中年 猫助)

ちなみに、初めて体験した4DXだが....
もう懲りました。自分には無理っす。
椅子が動きすぎるし、水が降ったり煙が出たりで、却って映画に集中できなかったよ。
「妊娠されている方、ご年配の方、心臓や首などに障害のある方、身体的・精神的に敏感な方、車酔いしやすい方はご利用になれません。」だって。
この中で当てはまるのは「ご年配の方」しかないな。
やっぱり、自分は年寄りだったいうわけね。

映画の公式サイトはこちら。
http://wwws.warnerbros.co.jp/madmaxfuryroad/


不思議な話

しばらくブログを放置しており、もはや誰も見ていないと思われるので、誰も興味がなさそうな話を書いてみる。

人が死んだらどうなるか。

臨死体験は多くあるが、実際に死んだ人から話を聞くことはできない。
本当のところは分からないが、自分は死んだ後も大好きな人たちに会いたいと思っているのである。
だから、自分にとって死後の世界があるのかどうかは大きな問題なのだ。

もう大分前の話になるが、工藤美代子さんというノンフィクション作家の本を読んだ。
タイトルは、そのものズバリ、「もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら」(2011年5月初版)。
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この本のポイントは、ノンフィクション作家がノンフィクションを書くのと同じプロセスで客観的に自分の身に起きた不思議な体験を語っていることだ。
「これは本当にあった出来事ですが…」で始まる話は9割方内容が膨らんでいると思われるが、工藤さんは終始冷静な目で事実のみを書いている。
本当に気味の悪い、背筋が寒くなるような話もあるが、自分は「母からの電話」という話を読んで、思わず息を呑んだ。

工藤さんのお母さんを、元気な時も病の時も献身的に支え続けたC子さんは、お母さんより先に亡くなってしまう。その後、工藤さんのお母さんもお亡くなりになるのだが、臨終の場にいたのがC子さんとしか思えない事実があった。そして、C子さんの月命日には電話が「リン」と1回だけ鳴るようになった。工藤さんはそれが母親からの電話に違いないと思うのだが、母が何を伝えようとしているのか分からない。

この話を読んで、ある事実を思い出した。我が家でも時々電話が「リン」と1回だけ鳴ることがあったのだ。でも、何日のことだったのかは思い出せない。その後、同じことが起きた。カレンダーを見てみると、亡くなった母親の月命日だった。それからも母の月命日には必ず電話が1回、「リン」と鳴る。それは今でも続いており、「今日も来るな」と思っていると、やはり電話が1回鳴る。これは間違いなく母親だと確信している。
ある日、電話が少し小さめの音で「リン」と1回だけ鳴った。母親の月命日でもなく、何だろうかと首をひねっていたが、それは少し前に亡くなった愛猫の月命日だったのだ。
「坊や。お前さん、自分で電話できるようになったんだね。」
目頭が熱くなった。

このことがあってから、死ぬことが怖くなくなった。
大好きな人にはまた会えるから。

でも、ハンディキャップを背負って苦しんでいる人は、あの世でも苦しまねばならないのか。
そんな理不尽には耐えられないだろう。

もう一冊、最近読んだ本を紹介する。
「天国は、ほんとうにある」トッド・バーポ作、リン・ヴィンセント共著、阿蘇品友里訳(2011年10月初版)
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日本語版の初版は2011年だが、去年映画化されて話題になった。(ごく一部だが)

牧師の息子、3歳のコルトン・バーポ少年は、穿孔性虫垂炎にかかり、生死の境をさまよった。
コルトンは奇跡的に一命を取り留めたが、その後、家族との会話の中で、自分が「どこに」いたかを語るようになった。ごく自然に。ところが、それは牧師の父親を始め、誰も少年に教えていない「天国」の描写としか思えないものだった。
コルトンによると、天国は素晴らしく居心地の良い場所で、もう亡くなった愛する人に会えるのだ。その姿は写真で見たおじいちゃんの姿ではなく、若くて生き生きとした姿をしているのだと。
今、様々なハンディキャップや不幸を抱えて苦しんでいる人も、天国では苦しみから一切開放されるのだ。
現世は修行の場だと。
だから、今苦しくても立派に生きぬくことが大事なんだ。

更に良い情報を得た。あの世では、自分は髪の毛がふさふさ生えているわけだな。

3歳の息子がもう助からないと思われたとき、父親の牧師は一人で部屋にこもり神に祈りを捧げた。正しく言うならそれは祈りというよりも神に対する怒りであり、神に仕える自分の息子を何故奪うのかという非難だった。
息子はその様子を天国で見ており、イエス様に「戻りなさい」と言われてこの世に戻った。
この話を読んで思い出したのは「あしあと」という有名な詩だ。
以前に紹介したことがあるが、もう一度書いておこう。

ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
 あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
 わたしと語り合ってくださると約束されました。
 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
 ひとりのあしあとしかなかったのです。
 いちばんあなたを必要としたときに、
 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
 わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。
 あしあとがひとつだったとき、
 わたしはあなたを背負って歩いていた。」


今を精一杯生きているなら、死ぬことは怖いものではない。
自分にはあともう少し時間が与えられている。
一瞬の時間も無駄にすることなく、全力で生きていこう。

「本気」と書いて「マジ」と読む。
おじさんの人生はいつだってチョベリグなのである。
そこんとこ夜露死苦!

死後の話だけに死語でまとめてみました。

お後がよろしいようで。





プロフィール

猫助

Author:猫助
ウナギの里、浜松市在住。
オートバイと猫とビールをこよなく愛するオッサン。
肺年齢は89歳。

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